MSX2がワークステーションになった日。HALNOTE
MSXのソフトの中では顧みられることが少ない、実用ソフトをあえて紹介してみます。
統合化ソフト『HALNOTE』
目次
概要
HALNOTEは、MSX2用のGUI環境と各種アプリケーションを含む統合化ソフトです。
HALNOTEには、以下の要素がまとめてパッケージされています。
- GUI環境『HALバインダ』(一般名詞として『デスクトップ』とも)
- ワープロ『日本語ワードプロセッサ』
- ドローソフト『図形プロセッサ』
- テキストエディタ
- デスクアクセサリ(カレンダー・メモ用紙・電話帳・時計・ユーティリティなど)
こんにち、Linuxディストリビューションをダウンロードすると、OSやデスクトップ環境からオフィススイートまでがセットになっていますが、それに近いといえます。
当時、主にPC88を扱っていた矢野徹氏(SF作家・翻訳家)は、こう記述しています。
十月二十日(月)
HAL研究所というところから、MSX用のHALNOTEというデスクトップ・アクセサリーが発売されるらしい。かつて<ハルノート>という強硬な対日文書があったことを思い出す。それはともかく、マッキントッシュの便利さがやっと輸入されてきたのか。5Mバイト*1のROMカートリッジを使い、アイコンを使い、電卓、カレンダー、時計、スケジュール手帳、電話帳、住所録、メモ帳、ワープロ、CGツール、通信ソフト*2、音楽ツール*3、データベース・ソフト*4など、なんでも入っているという。これを88や98用にも作るといいのに。
矢野徹 『ウィザードリィ日記 熟年世代のパソコン・アドヴェンチャー』角川書店 p.155
当時はユーザーの要求に対してパソコンの性能が不足していた(MSXに限らずビジネス向けパソコンですら!)こともあり、PC-98シリーズですらビジネスソフトでは極力グラフィックを排除しテキスト表示で済ませることで高速な動作を目指していた時代でした。
その正反対をMSXで実現してしまったことのインパクトは、想像に難くありません。
HALNOTEの説明を本から引用すると、こんにちでは
の一言で済んでしまいます。
しかし、マウスオペレーションが一般的でなかった当時は
- 独立した別々のソフトを、
- グラフィカルな画面とマウスオペレーションによって、
- 統一された操作体系で利用することができる環境
であることを説明するのに大変苦心したようです。
MSXマガジンの特集記事では、HALNOTEのジャンルである『統合化ソフト』を説明するにあたって
複数のツールを一括管理して動かし、相互のデータをやり取りするという環境
と紹介したうえで、マウスオペレーションについては、
あろうことか、『HALNOTE』ではあらゆる操作がマウスひとつで実行可能だ。この操作性の良さは、既存の上位統合化ソフトにもなかなかないものだ。
(中略)
パソコンを使い込んだ人は、マウスと聞くと首をひねるかもしれない。マウスは初心者には確かに便利だが、上級者にはかえって時間がかかるし、面倒なものとされているからだ。
でも心配はない。マウスを使わずにコマンド入力でもHALWORDは操作可能だ。初心者向けとか上級者向けとかにこだわらない、オープンな設計思想が感じられる部分である。
MSXマガジン1988年1月号 p.80-83
と、時代を先回りした擁護をしています。
Windowsの普及により、仕事で猫も杓子もマウスを使わなければならない時代はまだ先の話でした。
HALNOTEはソフトウェアとしての規模が大きかったほか、規格化されていなかったMSX用漢字変換システムのブラッシュアップに時間がかかり、発売延期を繰り返すなど、難産の末の発売となりました。
なにしろ、HALNOTEの開発当初は漢字変換と言えば単漢字変換が一般的だったものの、完成する頃には連文節変換でなければ競争力が得られない世の中になっていたのです。
当時の広告では、力強くこう宣言しています。
画面写真
HALNOTEのメイン画面となる、HALバインダ(デスクトップとも)です。
ファイルの一覧が表示されます。
このメニューはタイトルメニューと呼ばれ、画面左上のタイトルをクリックするか、SELECTキーを押すことで開きます。
メニューの項目が、縦1列固定ではなく所々が2列だったりするのが特徴的です。
見慣れない項目名が並びますが、意味するところはWindows風に言えば以下のとおりです。
- ≪A≫≪B≫:ディスクドライブの選択
- 読込:選択したファイルを開く
- 記録:選択したファイルのプロパティを表示
- デスクトップの保存:ファイルの位置やアイコンなどの状態を確定する(これをしないとアプリケーション実行後やHALNOTE再起動時にアイコンの配列が元に戻ってしまう)
- ディスク状態:ディスクドライブのプロパティを表示
- フォーマット:フロッピーディスクをフォーマット
- 印刷形式:用紙サイズの設定
- 印刷:選択したファイルを開き、印刷する
- 終了:HALNOTEを終了し、MSX-DOSに戻る
ディスク状態の実行結果です。
ルートに置けるファイル数は112個まで、階層化ディレクトリもない時代です。
日本語ワードプロセッサ(GUI上では筆記用具、記事等ではHALWORD)の画面です。
フォントサイズ指定ができたほか、欧文では何種類かのフォントが利用できました。
まだ単漢字変換ワープロが残っていた時代に、エルゴソフトが開発したEGBRIDGEベースの連文節変換とROMに搭載された6万語の辞書により効率的な漢字変換を実現しています。
この漢字変換システムは俗にソニー・HAL研系とも呼ばれ、松下・アスキー系(VJEベース)の漢字変換システムより賢かったと言われています。
(注:写真の文書は適当に書いたもので「ディスクキャッシュメモリとして」の部分の確証はありません)
欧文はプロポーショナルになっており、“Illegal function call”の文字幅が違うのが確認できます。
これらは今では当たり前のことですが、当時の日本語ワープロは等幅フォントが当たり前でした。また、文字を大きくするといえば倍角とか四倍角がせいぜいで、文字をちょっとだけ大きくする、なんてことはできませんでした。
そんな時代にWYSIWYGを実現してしまったので
『画面の文字が小さいから拡大表示したつもりが、無駄にでかい字で印刷された。どうなってるんだ』
とクレームが入るなど、理解されるのも難しかったようです。
なにしろ、HALNOTEがお手本にしたMacintoshですら、登場した頃にはこう言われていたのです。
- 『フォント』などというものを知っている一般ユーザーがいるのだろうか
- 書体のポイントサイズや、可変ポイントサイズの価値を理解できるビジネスマンがいるのだろうか
文書中に図形を入れることができます。
現実的には、当時のビジネスマンや学校の先生が原稿に図形を入れたいときは、ワープロ上では場所だけを確保しておいて、印刷してから物理的に切ったり貼ったりしていたと思います(その方が早かったのです)。
附属の図形プロセッサ(GUI上では製図用具、記事等ではHALDRAW)の画面です。
作成した図形データは、別売の通信ソフト(GTERM)で送受信することができたようです。
日本語ワードプロセッサ上でデスクアクセサリの一覧を表示させている状態です。
HALNOTEはマルチタスクでこそありませんが、メインとなるアプリの実行中に、デスクアクセサリと呼ばれる小さなアプリを一時的に起動することができます。
図形プロセッサの実行中に、デスクアクセサリのカレンダーを起動してみました。
おおっ、2000年問題に対応している!
カレンダーには、予定を書き込むことができます。
アプリケーションは、他にも別売ソフトとして
等がありました。
このうち、直子の代筆は他社(テグレット技術開発)が開発、販売していました。
ハードの限界へ
当時のMSXの限界に挑戦したHALNOTEでしたが、MSXのハードウェア環境に対して頑張りすぎてしまったため、『遅い』と言われたようです。
ディスクアクセスの解消にはHAL研も努力したようで、HALNOTE実行用ディスクに入れてある文書(上)ファイルには
HALNOTE実行中はディスクのバッファリングを行っていますので途中で電源を切ると最悪の場合ディスクが壊れます。
と書かれています。つまり、フロッピーディスクに対してキャッシュ動作(それもライトキャッシュ)を行っていたようです。
当時のパソコンは、何も考えずにいきなり電源を切って終了させるのが普通だったので、使いにくさを感じた人もいるかもしれません(HDDを使用している場合は、電源を切る前にヘッダをシッピングゾーンに退避させる必要があったため、HDDを持っていたブルジョアは所定の操作を行う、というのがせいぜいでした)。
ディスクキャッシュ用のメモリをどこから確保していたのかがよくわからず、
があるようです。
本体のメモリを使っていた場合、当時のMSX2の上位グレードではメインメモリを128kB以上積んだ機種があったので、そういった機種では潤沢なメモリをディスクキャッシュに使えたのかどうかも気になるところです。
MSX2の上位グレードにはZ80互換の高速CPU(日立HD64B180)を積んだVictorのHC-95といった機種もあったので、HALNOTEと協調して発売できていたら面白いことが起こっていたかもしれません(当時、そういった広告があった気がするのですが見つけられなかった)。
なお、HC-95は産業用としてかなり後まで出荷していたようで*6、見たことがある範囲では大学の講義室のブラインドの制御に使われていました。
レスポンスの悪さというものは得てして主観的なものであるので、例えばCPUやディスクアクセスの速度がきっちり2倍のMSXを用意して、その上でHALNOTEが2倍の速度で動いたとしても、遅いという人は一定数いたはずです。
とんでもなく高速な今のパソコンでだって、ビジネス文書を作成する際にいきなりWordで書かずに、まずテキストエディタで下書きを行なう人は一定数います(よね?)
遅いのがどうしても嫌なら、当時数万円のMSX2ではなく100万円出してフルセットのMacを買えばいいだけの話でした(それですら、今のパソコンのようなレスポンスは恐らく望めなかったでしょう)。
MSXマガジン1988年1月号の特集記事では、
これだけ盛りだくさんの機能は、MSX2の性能を限界まで使い切った結果、実現された。そのために、さすがに各所でレスポンスの悪さが気になる。しかし、統合化ソフトウェアをMSX2上に実用レベルで実現し、しかも随所に従来のソフトを上回る機能を発揮しているという点で『HALNOTE』は期待にたがわぬ、MSX2の未来を目の当たりにさせてくれる注目作品である。
と締めくくっています。
後にHALNOTEはMSX turbo Rに最適化され、MSXViewという名前でアスキーから発売されました。
MSX turbo Rの最終機種となったFS-A1GTでは、
- MSXViewシステムのROMドライブ化
- まとまった容量のRAMディスク
- R800CPU搭載による動作速度の高速化
などの恩恵もあり、快適に動く本当のHALNOTEが実現しました。
これこそが、当時のMSXマガジンがHALNOTEに見た『MSX2の未来』なのかもしれません(せっかくのHALWORDは、松下MSX内蔵ワープロと機能がかぶるせいか移植されませんでしたが…5.38MHzモードをこっそり搭載してちょっぴり速くなった松下製MSX2+とHALNOTEのタイアップなどといったことも、特になかったと思います)。
そして、PC-9801ユーザーが漢字変換の度に5インチフロッピーディスクドライブをガチャンガチャン言わせながら一太郎を使う横で、MSXユーザーがGUIベースの表計算ソフトをサクサク使う…みたいな光景も、日本のどこかには実在したかもしれません。
実験
MSX turbo RでHALNOTEを高速に動かすことに挑戦してみました。
もしMSX-DOS2上でHALNOTEが起動してくれるのなら、HALNOTEのフロッピーの中身を全部RAMディスクにインストールすれば、R800CPUの速度と掛け合わせて爆速での動作が期待できます。
しかし、どうしても動いてくれませんでした。
Twitterにて
HALNOTEのver1.2はDOS2に対応しているはず
との情報を提供いただいたのですが、
などと、疑うところが多すぎるのです。
あきらめてR800CPUで動かすことだけを考えるのならば、MSX-DOS(1)を立ち上げて、CPUをZ80からR800に切り換えてからHALNOTEを起動すれば速く動きます。
この状態で、HALWORDでディスク上のフォントを使うと再描画の度にフロッピーにアクセスしまくりますが、ディスクアクセスさえなければそれなりに速く動きます。
本来、MSX-DOS(1)をR800CPUで動かし、フロッピーディスクにアクセスすることは動作保証されていません。
ただ、試した範囲ではファイルの保存も含めて誤動作する様子は見られませんでした。
1chipMSXの10MHzモードはR800CPUほどは速くありませんが、内蔵SDカードドライブがフロッピーディスクイメージに対応しているので、これと1chipMSXの10MHzモードを組み合わせると、いい感じで動きます。
やっぱりストレージの速度は大事なようです。
HAL研、茲に戦を宣す
ご存じのとおり、HAL研はその後紆余曲折を経たものの、今なおメジャーなゲームメーカーとして現存しています(パソコン関連の部署は清算されてしまいましたが…)。
また、マイコン黎明期からの天才プログラマであり、当時HAL研の開発部長だった岩田聡氏は、その後任天堂の社長に就任(しかも初の山内家以外からの就任)し、業界のトップで大活躍したものの、惜しまれつつ早逝してしまいました。
そのずっと以前に名付けられた、HALNOTEという挑戦的なネーミングは、
かつて<ハルノート>という強硬な対日文書があったことを思い出す。
『ゴーマニズム戦争論』にでも出てきそうなネーミング
ゾルゲ市蔵 『謎のゲーム魔境3』 キルタイム・コミュニケーション p.109
と指摘されますが、HAL研究所発行のユーザ向け会報の名前が『LAB LETTER』だったのと同じく、ただのしゃれだったのだと思います。
しかし、あえてHAL研究所による宣戦布告と捉えるとすれば、誰に対する宣戦布告だったのかを考えてみるのも楽しいかもしれません。