まっつん総研連絡用ブログ

プログラミング教育とかMSXとか。

遊星歯車機構とTHSのしくみ

 プリウスがようやく売れ始めた頃、トヨタの偉い方が

『いずれはカローラにもハイブリッドシステムを載せたい』

と発言したのを聞いて

『安くてよく動くのが取り柄のカローラにハイブリッドシステムなんか積んだら、高くて動きが微妙な車になっちゃうじゃないのか……』

と思ったものですが、今では大抵のトヨタ車にハイブリッド仕様が存在しています。

 というわけで、トヨタ車に積んでいるハイブリッドシステム、その名も『THS』について書いてみます。


追記
 遊星歯車機構の動作をアニメーションにしてみました。
 (1)~(6)のラベルをクリックすると、アニメーションを再生します。

https://scratch.mit.edu/projects/524873959
(注意事項)

  • 音が出ます。
  • 自分なりに調べた結果をアニメーション化したものです。
  • シミュレータではありません。歯車が動く順番や歯車比とか適当です。
  • 発電機の電気がバッテリーを経由せずに直接モーターへ行く場合などの、重要な部分を省略しています。


目次

免責事項

 自分なりに調べたことを書いていますが、間違っている点があれば資料とともにご指摘いただければ幸いです。

ハイブリッドシステムの種類

 一口にハイブリッドカーと言っても、異なる動力をどう組み合わせるかは様々です。
 メジャーなハイブリッドシステムの形式には、パラレル方式シリーズ方式があります。

パラレル方式

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パラレル方式

 エンジンとモーターが直結されており、エンジンの出力不足をモーターで補う方式です。
 一般的な車に最小限の変更を加えるだけで実装できるというメリットがあります。

シリーズ方式

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シリーズ方式

 エンジンは発電に徹し、それで得た電力でモーターを回す方式です。
 遠回りな方法に見えますが、エンジンを最も効率のいい回転数で定速運転させることにより、燃費を抑えることができるというメリットがあります。
 例えば、日産ノートe-POWERJR西日本の豪華寝台列車『瑞風』が採用しています。

 ノートe-POWERは登場時に
『電気自動車の、まったく新しいカタチ』
と宣伝されていましたが、実はシリーズハイブリッドは古くから大型艦船や潜水艦に使われている、枯れた(=完成度の高い)システムでもあります。

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大型船舶

 大型艦船では、 通常ではエンジン→軸→スクリューを一直線に配置しなければならないため、船内のレイアウトに厳しい制限が付きまといます。
 モーターと発電機を加え、その間は電線を使うことで船内のレイアウトの自由度が増すこと、古い蒸気タービンだと出力の微調整が利きませんが、電気なら細やかな制御がしやすいことがメリットです。

 潜水艦は、潜航中はディーゼルエンジンを使えない(空気がない)ため、電池でモーターを動かします。電池が切れるまでに浮上してディーゼルエンジンを使って充電しないと、動けなくなってしまいます。これはメリット・デメリットの問題ではなく、潜水艦が生まれてから今日に至るまでの宿命です。この軛から逃れることができるのは、稼働に空気を必要としない原子力潜水艦だけです。

スプリット方式

 今回取り上げるTHSは、パラレル方式とシリーズ方式の良い所取りであるだけでなく、変速機の代わりまでこなしてしまいます。
 名称は『スプリット方式』のほか、『シリーズパラレル方式』とも、モーターの役割が単なる補助ではなく、モーター単独でも走行可能なため『ストロングハイブリッド方式』とも呼ばれます。

THSにおける遊星歯車機構の挙動

普通の車のおさらい

 どういうことかを説明するために、まず普通の車のギアについておさらいします。

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普通の車のギア

 普通の車のギアには、入出力が2つあり、それぞれエンジン、タイヤに繋がっています。

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走行

 エンジンが動くと、その回転がタイヤに伝わり、車が前進します。

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エンジンブレーキ

 エンジンブレーキを掛けている状態では、タイヤの回転がエンジンに伝わります。
 エンジンを回すのは重いので、それが抵抗になり、エンジンブレーキとなります。

遊星歯車機構のしくみ

 プリウスのTHSに使われている遊星歯車機構は、3つの入出力を持っています。

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遊星歯車機構の入出力

 それぞれ、

  • タイヤ+モーター(外側の青色が軸)
  • 発電機(内側の紫色が軸)
  • エンジン(中間の茶色が軸)

に繋がっています。

 この部分をズームしてみましょう。
※面倒くさい方は、次の図までスキップすることをお勧めします。

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遊星歯車機構の構造

 遊星歯車機構の構造は、太陽系になぞらえられます。

  1. 太陽の位置にあるサンギア
  2. サンギアの周りを惑星のように取り囲むピニオンギア*1
  3. 惑星の軌道に沿って存在するプラネタリーキャリア
  4. 太陽系外縁部を囲むリングギア

 このうち、2.のピニオンギアは、自分自身も回転しますが、プラネタリーキャリアも動かします。
 太陽系になぞらえると、

  • 惑星の自転→ピニオンギアの回転
  • 惑星の公転→ピニオンギアの公転=プラネタリーキャリアの回転

となります。

 参考までに、各ギアを固定した場合、他のギアがどのように回転するかを表にしてみました。

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ギアの挙動

  • サンギアを固定すると、プラネタリーキャリアとリングギアは同じ方向に回転する
  • プラネタリーキャリアを固定すると、サンギアとリングギアは互いに反対方向に回転する
  • リングギアを固定すると、サンギアとプラネタリーキャリアは同じ方向に回転する

モーターのみで走行

 難しい御託はこの辺までにして、まずは停止状態の車のアクセルをじわっと踏んでみます。

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モーターのみで走行

 モーターで走行する状態では、電池の電力で(1)モーターを動かすことで、(2)タイヤを回転させ、車を前進させます。
 なお、このとき、(3)ピニオンギアを経由して(4)発電機まで回転が届きますが、この時、発電機には負荷がかかっていない(発電しようとしない)ので、大したロスもなく空転するだけです。

モーター走行中にエンジンを始動

 では、アクセルを踏み込んでみましょう。

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モーター走行中にエンジンを始動

 (1)発電機セルモーターとなり、(4)エンジンを回すことで、エンジンを始動します。
 タイヤとモーターはグレーで描いていますが、暖機運転等の例外を除いて、走行中の多くの場合は、タイヤとモーターも動いています。

モーター&エンジンで走行

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モーター&エンジンで走行

 モーターとエンジンの両方で走行する状態です。
 発電機をロックすることで、(1)エンジンの動力が(4)モーターの動力と合算されて(5)タイヤに伝わります。
 ところで、エンジンとモーターとでは得意分野が異なります。
 エンジンは、一定の範囲の回転数で最も性能を発揮できます。言い換えると、それ以外の回転数――おもに発進時の低速域では燃費が悪くなります。
 モーターは、回転し始めたその瞬間から最大のトルクを得られます。


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モーターとエンジンと発電機の協調運転

 そこで、低速域でもあえて(1)エンジンを燃費のいい回転数で動かし、その動力の一部を(3)発電機に分け与えて(5)充電を行います。
 こうすることにより、通常の車では燃費が悪くなる速度域でも、電力を溜めることができます。
 さらに、発電機で得た電力を(4)そのままモーターに与えて走行の手助けを行う場合もあります。

 エンジン→発電機→モーター→タイヤ、という動力の伝達は、感覚的にはとても非効率に思えますが、実はこうすることで変速機を省くことができるのです。

 言い換えると、通常の車ではたくさんの歯車の組み合わせで実現している変速を、エンジンと発電機とモーターの絶妙な協調によって、よりシンプルに実現しています。

プリウスといえばTHS、THSといえば遊星歯車機構』

のように言われることがありますが、このような面倒くさい制御を20世紀のうちに量産車で実現してたのって、今思えば『21世紀に間に合いました』の売り文句は決して伊達じゃなかったんですね。

参考:日経トレンディネット『ハイブリッド車はなぜ燃費がいい? モーターの役割は何?』
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/special/20090414/1025428/?P=9 ※リンク切れ

回生ブレーキ

 では、アクセルを離し、ブレーキを踏みます。

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回生ブレーキ

 ブレーキを掛ける際は、(1)タイヤの回転が(2)モーターに伝わります。
 通常の車でいうエンジンブレーキと同じ状態ですが、スピードがモーターで電力に変換され、電池に蓄えられます。これを回生ブレーキと呼びます。
(この状態だとサンギアが回っているはずなのですが、サンギアにつながっている発電機が発電しているのか、単に空転しているのかがわかりません。どこかで「回生ブレーキにはモーターと発電機の両方を使用している」と読んだ気がしたのですが、ソースを見つけることができませんでした)

 普通の車のブレーキは、ディスクブレーキをブレーキパッドで挟むことによる摩擦で作用します。スピードは摩擦熱となって消えてゆきます

 THSでは、フットブレーキを踏んだ際に要求されるブレーキ力を、回生ブレーキとディスクブレーキにうまく配分することで、できるだけ効率的に充電を行います。
 このため、プリウスは普通の車よりブレーキパッドの摩耗が少ないとの話もあります。

 なお、最近の電車は、回生ブレーキだけでほぼ停止ギリギリまでスピードを落とすことができるそうです。
 凄いなと思っていたら、最近のTHSも、回生ブレーキだけでほぼ停止ギリギリまでスピードを落とすことができるそうです。

バック

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バッテリー走行でのバック

 バックは(1)モーターを逆回転することで行います。
 エンジンは進行方向にしか回転しないので、エンジンではバックができません
 例によって発電機が空回りしますが、ロスにはなりません。

 ところが、電池が少ない場合や急な登り坂へのバックなどでパワーを必要とする場合に、バック中でもエンジンが掛かる場合があります。

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エンジンで発電しながらバック

 これは、バックするために足りない分の電力を、その場でエンジンを使って発電するからです。
 エンジンを回すと前へ進む力が生まれますが、これを発電機とモーターでうまく帳消しにするよう制御しています。

 ところで、アイドリングストップは燃費を稼ぐための大原則です。*2

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純粋に発電のみを行う様子

 しかし、暖機運転中や、あまりに電池が足りず燃費が悪くなりそうになると、停車中でも(1)エンジンによって(4)発電機を回し、充電を行います。

プリウスPHV(52型・2017年モデル)のEV走行

 最後に、現行プリウスPHV(52型)のEVモードについてです。
 プリウスの出力は、4代目(50系・いわゆる般若)の場合

  • エンジン:98ps(72kW)
  • モーター:72ps(53kW)

です。
 足し算すると170ps(125kW)になりますが、実際の出力は122ps(90kW)にしかならず、通常のネット値とグロス値の差以上の開きがあります。
 エンジンと発電機とモーターを協調させてギアチェンジの代わりを行う仕組み上、エンジンとモーターの両方が最高出力の状態で動力を加算することができないためです。

 通常のプリウスであれば、モーターで足りなければエンジンを動せばいいだけですが、プリウスPHVでは事情が変わってきます。

 PHVの場合、電池が充分にある限りはEVとしてふるまい、モーターだけでも走行できなければならないため、72ps(53kW)のモーターだけでは少し力不足です。
 発電機は出力31ps(23kW)のモーターでもありますが、発電機をモーターとして利用した場合、エンジンが空転するだけで動力がタイヤまで伝わりません。

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モーターと発電機の協調による走行

 そこで、プリウスPHV(52型)では、エンジンとプラネタリーギアの間にワンウェイクラッチを追加し、特定方向への回転がエンジンに伝わらないようにしました。
 これにより、EVモードでは発電機をモーターとして動力に利用できるようになりました。

 旧プリウスPHV(35型)のEVモードでは最高速度が100km/hまででしたが、新プリウスPHVでは2つのモーターの力で、EVモードでも最高速度135km/hで走ることができます。

参考:日経ビジネスオンライン『次期「プリウスPHV」、走行性能が一気に向上』
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/special/20090414/1025428/?P=9

 大容量の蓄電池を搭載するEVと比較して、電池容量8.8kWhしかないプリウスPHVでの高速走行は割といい勢いで電池が減ってしまいます。
 本来、PHVで長距離の高速走行をしたければ、何も考えずにエンジンを回してハイブリッドカーとして走ればいいだけの話ですし、それが可能なのが、PHVのEVに対するメリットです。
 それを、わざわざワンウェイクラッチの追加という仕様変更をしてまでEVモードでの高速走行の実現に拘ったのは、開発陣が『EV走行の楽しさ』をPHVユーザーに体感して欲しかったからではないのでしょうか。

 乱暴な言い方をすれば、

プリウスPHV1台で、ハイブリッドカーとEVの2台分の走行が楽しめます』

と言えるような、EVの走行フィーリングとハイブリッドカーの実用性の両方を兼ね備えるマシンを目標にし、本当に作ってしまったのだと思っています。

*1:ピニオンギアをプラネタリーギアと書いている資料もあります。遊星歯車機構を太陽系に見立てる場合、このギアが惑星に相当するので、プラネタリーギアと呼ぶほうが理解しやすいのですが、遊星歯車機構全体を差す“planetary gear mechanism”とごっちゃになるので、あえてピニオンギアで通すことにします。

*2:2021年現在、アイドリングストップはそこまで燃費や環境負荷に関与しないという話が出てきています。