まっつん総研連絡用ブログ

プログラミング教育とかMSXとか。

MSX2がワークステーションになった日。HALNOTE

 MSXのソフトの中では顧みられることが少ない、実用ソフトをあえて紹介してみます。

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HALNOTEのデスクトップ画面

統合化ソフト『HALNOTE』

  • ジャンル:統合化ソフト
  • メーカー:HAL研究所
  • 対応機種:MSX2
  • メディア:カートリッジ+ディスク
  • 価格:29,800円(税抜)


目次


概要

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HALNOTEのROMカートリッジ(上)

 HALNOTEは、MSX2用のGUI環境と各種アプリケーションを含む統合化ソフトです。

 HALNOTEには、以下の要素がまとめてパッケージされています。

  • GUI環境『HALバインダ』(一般名詞として『デスクトップ』とも)
  • ワープロ『日本語ワードプロセッサ
  • ドローソフト『図形プロセッサ』
  • テキストエディタ
  • デスクアクセサリ(カレンダー・メモ用紙・電話帳・時計・ユーティリティなど)

 こんにち、Linuxディストリビューションをダウンロードすると、OSやデスクトップ環境からオフィススイートまでがセットになっていますが、それに近いといえます。

 当時、主にPC88を扱っていた矢野徹氏(SF作家・翻訳家)は、こう記述しています。

十月二十日(月)

 HAL研究所というところから、MSX用のHALNOTEというデスクトップ・アクセサリーが発売されるらしい。かつて<ハルノート>という強硬な対日文書があったことを思い出す。それはともかく、マッキントッシュの便利さがやっと輸入されてきたのか。5Mバイト*1のROMカートリッジを使い、アイコンを使い、電卓、カレンダー、時計、スケジュール手帳、電話帳、住所録、メモ帳、ワープロ、CGツール、通信ソフト*2、音楽ツール*3、データベース・ソフト*4など、なんでも入っているという。これを88や98用にも作るといいのに。

矢野徹ウィザードリィ日記 熟年世代のパソコン・アドヴェンチャー角川書店 p.155


 当時はユーザーの要求に対してパソコンの性能が不足していたMSXに限らずビジネス向けパソコンですら!)こともあり、PC-98シリーズですらビジネスソフトでは極力グラフィックを排除しテキスト表示で済ませることで高速な動作を目指していた時代でした。
 その正反対をMSXで実現してしまったことのインパクトは、想像に難くありません。

 HALNOTEの説明を本から引用すると、こんにちでは

ぶっちゃけて言うとMSXMacintosh

ゾルゲ市蔵『謎のゲーム魔境3』キルタイム・コミュニケーション p.109


の一言で済んでしまいます。

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 しかし、マウスオペレーションが一般的でなかった当時は

  • 独立した別々のソフトを、
  • グラフィカルな画面マウスオペレーションによって、
  • 統一された操作体系で利用することができる環境

であることを説明するのに大変苦心したようです。

 MSXマガジンの特集記事では、HALNOTEのジャンルである『統合化ソフト』を説明するにあたって

複数のツールを一括管理して動かし、相互のデータをやり取りするという環境


と紹介したうえで、マウスオペレーションについては、

 あろうことか、『HALNOTE』ではあらゆる操作がマウスひとつで実行可能だ。この操作性の良さは、既存の上位統合化ソフトにもなかなかないものだ。

(中略)

 パソコンを使い込んだ人は、マウスと聞くと首をひねるかもしれない。マウスは初心者には確かに便利だが、上級者にはかえって時間がかかるし、面倒なものとされているからだ。

 でも心配はない。マウスを使わずにコマンド入力でもHALWORDは操作可能だ。初心者向けとか上級者向けとかにこだわらない、オープンな設計思想が感じられる部分である。


MSXマガジン1988年1月号 p.80-83


 と、時代を先回りした擁護をしています。

 Windowsの普及により、仕事で猫も杓子もマウスを使わなければならない時代はまだ先の話でした。

 HALNOTEはソフトウェアとしての規模が大きかったほか、規格化されていなかったMSX用漢字変換システムのブラッシュアップに時間がかかり、発売延期を繰り返すなど、難産の末の発売となりました。

 なにしろ、HALNOTEの開発当初は漢字変換と言えば単漢字変換が一般的だったものの、完成する頃には連文節変換でなければ競争力が得られない世の中になっていたのです。

 当時の広告では、力強くこう宣言しています。

HALNOTEを手に入れた日から、MSX2ワークステーションに変わります。


画面写真

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HALバインダ

 HALNOTEのメイン画面となる、HALバインダ(デスクトップとも)です。
 ファイルの一覧が表示されます。

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タイトルメニュー

 このメニューはタイトルメニューと呼ばれ、画面左上のタイトルをクリックするか、SELECTキーを押すことで開きます。
 メニューの項目が、縦1列固定ではなく所々が2列だったりするのが特徴的です。

 見慣れない項目名が並びますが、意味するところはWindowsに言えば以下のとおりです。

  • ≪A≫≪B≫:ディスクドライブの選択
  • 読込:選択したファイルを開く
  • 記録:選択したファイルのプロパティを表示
  • デスクトップの保存:ファイルの位置やアイコンなどの状態を確定する(これをしないとアプリケーション実行後やHALNOTE再起動時にアイコンの配列が元に戻ってしまう)
  • ディスク状態:ディスクドライブのプロパティを表示
  • フォーマットフロッピーディスクをフォーマット
  • 印刷形式:用紙サイズの設定
  • 印刷:選択したファイルを開き、印刷する
  • 終了:HALNOTEを終了し、MSX-DOSに戻る


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ディスク状態

 ディスク状態の実行結果です。
 ルートに置けるファイル数は112個まで、階層化ディレクトリもない時代です。

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日本語ワードプロセッサ

 日本語ワードプロセッサGUI上では筆記用具、記事等ではHALWORD)の画面です。
 フォントサイズ指定ができたほか、欧文では何種類かのフォントが利用できました。

 まだ単漢字変換ワープロが残っていた時代に、エルゴソフトが開発したEGBRIDGEベースの連文節変換とROMに搭載された6万語の辞書により効率的な漢字変換を実現しています。
 この漢字変換システムは俗にソニーHAL研系とも呼ばれ、松下・アスキー系(VJEベース)の漢字変換システムより賢かったと言われています。
(注:写真の文書は適当に書いたもので「ディスクキャッシュメモリとして」の部分の確証はありません)

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プロポーショナルと固定幅

 欧文はプロポーショナルになっており、“Illegal function call”の文字幅が違うのが確認できます。

 これらは今では当たり前のことですが、当時の日本語ワープロ等幅フォントが当たり前でした。また、文字を大きくするといえば倍角とか四倍角がせいぜいで、文字をちょっとだけ大きくする、なんてことはできませんでした。

 そんな時代にWYSIWYGを実現してしまったので

『画面の文字が小さいから拡大表示したつもりが、無駄にでかい字で印刷された。どうなってるんだ』

とクレームが入るなど、理解されるのも難しかったようです。

 なにしろ、HALNOTEがお手本にしたMacintoshですら、登場した頃にはこう言われていたのです。

  • 『フォント』などというものを知っている一般ユーザーがいるのだろうか
  • 書体のポイントサイズや、可変ポイントサイズの価値を理解できるビジネスマンがいるのだろうか

ジョン・C・ドボラック サンフランシスコ・イグザミナー紙 1984/2/19*5


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文書中への図形の挿入

 文書中に図形を入れることができます。
 現実的には、当時のビジネスマンや学校の先生が原稿に図形を入れたいときは、ワープロ上では場所だけを確保しておいて、印刷してから物理的に切ったり貼ったりしていたと思います(その方が早かったのです)。

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図形プロセッサ

 附属の図形プロセッサGUI上では製図用具、記事等ではHALDRAW)の画面です。
 作成した図形データは、別売の通信ソフト(GTERM)で送受信することができたようです。

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デスクアクセサリの一覧

 日本語ワードプロセッサ上でデスクアクセサリの一覧を表示させている状態です。
 HALNOTEはマルチタスクでこそありませんが、メインとなるアプリの実行中に、デスクアクセサリと呼ばれる小さなアプリを一時的に起動することができます。

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デスクアクセサリのカレンダー

 図形プロセッサの実行中に、デスクアクセサリのカレンダーを起動してみました。
 おおっ、2000年問題に対応している!

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予定の書き込み

 カレンダーには、予定を書き込むことができます。

 アプリケーションは、他にも別売ソフトとして

  • GCALC表計算ソフト)
  • GCARD(カード型データベース)
  • GTERM(図形通信プロセッサ=ベクタ画像に対応した通信ソフト)
  • 直子の代筆(文書作成支援ソフト)

等がありました。

 このうち、直子の代筆他社(テグレット技術開発)が開発、販売していました。

ハードの限界へ

 当時のMSXの限界に挑戦したHALNOTEでしたが、MSXのハードウェア環境に対して頑張りすぎてしまったため、『遅い』と言われたようです。

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説明書

 ディスクアクセスの解消にはHAL研も努力したようで、HALNOTE実行用ディスクに入れてある文書(上)ファイルには

HALNOTE実行中はディスクのバッファリングを行っていますので途中で電源を切ると最悪の場合ディスクが壊れます。


と書かれています。つまり、フロッピーディスクに対してキャッシュ動作(それもライトキャッシュ)を行っていたようです。

 当時のパソコンは、何も考えずにいきなり電源を切って終了させるのが普通だったので、使いにくさを感じた人もいるかもしれません(HDDを使用している場合は、電源を切る前にヘッダをシッピングゾーンに退避させる必要があったため、HDDを持っていたブルジョアは所定の操作を行う、というのがせいぜいでした)。

 ディスクキャッシュ用のメモリをどこから確保していたのかがよくわからず、

  • HALNOTEのカートリッジ内にディスクキャッシュ専用のSRAMを積んでいた説
  • MSX本体のメモリを使っていた説

があるようです。

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HALNOTEカートリッジの基板。この中にディスクキャッシュ用のSRAMがあるのでしょうか?

 本体のメモリを使っていた場合、当時のMSX2の上位グレードではメインメモリを128kB以上積んだ機種があったので、そういった機種では潤沢なメモリをディスクキャッシュに使えたのかどうかも気になるところです。

 MSX2の上位グレードにはZ80互換の高速CPU(日立HD64B180)を積んだVictorのHC-95といった機種もあったので、HALNOTEと協調して発売できていたら面白いことが起こっていたかもしれません(当時、そういった広告があった気がするのですが見つけられなかった)。
 なお、HC-95は産業用としてかなり後まで出荷していたようで*6、見たことがある範囲では大学の講義室のブラインドの制御に使われていました。

 レスポンスの悪さというものは得てして主観的なものであるので、例えばCPUやディスクアクセスの速度がきっちり2倍のMSXを用意して、その上でHALNOTEが2倍の速度で動いたとしても、遅いという人は一定数いたはずです。
 とんでもなく高速な今のパソコンでだって、ビジネス文書を作成する際にいきなりWordで書かずに、まずテキストエディタで下書きを行なう人は一定数います(よね?)
 遅いのがどうしても嫌なら、当時数万円のMSX2ではなく100万円出してフルセットのMacを買えばいいだけの話でした(それですら、今のパソコンのようなレスポンスは恐らく望めなかったでしょう)。

 MSXマガジン1988年1月号の特集記事では、

これだけ盛りだくさんの機能は、MSX2の性能を限界まで使い切った結果、実現された。そのために、さすがに各所でレスポンスの悪さが気になる。しかし、統合化ソフトウェアをMSX2上に実用レベルで実現し、しかも随所に従来のソフトを上回る機能を発揮しているという点で『HALNOTE』は期待にたがわぬ、MSX2の未来を目の当たりにさせてくれる注目作品である。


と締めくくっています。

 後にHALNOTEはMSX turbo Rに最適化され、MSXViewという名前でアスキーから発売されました。
 MSX turbo Rの最終機種となったFS-A1GTでは、

  • MSXViewシステムのROMドライブ
  • まとまった容量のRAMディスク
  • R800CPU搭載による動作速度の高速化

などの恩恵もあり、快適に動く本当のHALNOTEが実現しました。

 これこそが、当時のMSXマガジンがHALNOTEに見たMSX2の未来』なのかもしれません(せっかくのHALWORDは、松下MSX内蔵ワープロと機能がかぶるせいか移植されませんでしたが…5.38MHzモードをこっそり搭載してちょっぴり速くなった松下製MSX2+とHALNOTEのタイアップなどといったことも、特になかったと思います)。
 そして、PC-9801ユーザーが漢字変換の度に5インチフロッピーディスクドライブをガチャンガチャン言わせながら一太郎を使う横で、MSXユーザーがGUIベースの表計算ソフトをサクサク使う…みたいな光景も、日本のどこかには実在したかもしれません。

実験

 MSX turbo RでHALNOTEを高速に動かすことに挑戦してみました。

 もしMSX-DOS2上でHALNOTEが起動してくれるのなら、HALNOTEのフロッピーの中身を全部RAMディスクにインストールすれば、R800CPUの速度と掛け合わせて爆速での動作が期待できます。

 しかし、どうしても動いてくれませんでした。

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『もう一度試してX(』
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謎の虹色の帯、そしてハング。

 Twitterにて

HALNOTEのver1.2はDOS2に対応しているはず

との情報を提供いただいたのですが、

  • 本体内蔵FDD換装品だったり、
  • 外付けFDD(HBD-F1)もディスクのフォーマットができない状態だったり、
  • 本体の増設スロットの動きが怪しかったり、
  • そもそもMSX本体がそろそろ30年もの

などと、疑うところが多すぎるのです。

 あきらめてR800CPUで動かすことだけを考えるのならば、MSX-DOS(1)を立ち上げて、CPUをZ80からR800に切り換えてからHALNOTEを起動すれば速く動きます。
 この状態で、HALWORDでディスク上のフォントを使うと再描画の度にフロッピーにアクセスしまくりますが、ディスクアクセスさえなければそれなりに速く動きます。

 本来、MSX-DOS(1)をR800CPUで動かし、フロッピーディスクにアクセスすることは動作保証されていません。
 ただ、試した範囲ではファイルの保存も含めて誤動作する様子は見られませんでした。

 1chipMSXの10MHzモードはR800CPUほどは速くありませんが、内蔵SDカードドライブがフロッピーディスクイメージに対応しているので、これと1chipMSXの10MHzモードを組み合わせると、いい感じで動きます。
 やっぱりストレージの速度は大事なようです。

HAL研、茲に戦を宣す

 ご存じのとおり、HAL研はその後紆余曲折を経たものの、今なおメジャーなゲームメーカーとして現存しています(パソコン関連の部署は清算されてしまいましたが…)。

 また、マイコン黎明期からの天才プログラマであり、当時HAL研の開発部長だった岩田聡氏は、その後任天堂の社長に就任(しかも初の山内家以外からの就任)し、業界のトップで大活躍したものの、惜しまれつつ早逝してしまいました。

 そのずっと以前に名付けられた、HALNOTEという挑戦的なネーミングは、

かつてハルノート>という強硬な対日文書があったことを思い出す。


矢野徹ウィザードリィ日記 熟年世代のパソコン・アドヴェンチャー角川書店 p.155


『ゴーマニズム戦争論』にでも出てきそうなネーミング


ゾルゲ市蔵 『謎のゲーム魔境3』 キルタイム・コミュニケーション p.109


と指摘されますが、HAL研究所発行のユーザ向け会報の名前が『LAB LETTER』だったのと同じく、ただのしゃれだったのだと思います。
 しかし、あえてHAL研究所による宣戦布告と捉えるとすれば、誰に対する宣戦布告だったのかを考えてみるのも楽しいかもしれません。

余談

 先ほど引用したウィザードリィ日記矢野徹・著)には

マッキントッシュの便利さがやっと輸入されてきたのか。


と書かれています。

 当時のMacintosh非常に高価で、1988年頃の雑誌だったと思うのですが

フルセットで100万円していたのが数年で3分の1になった


と書かれていたのを覚えています。

 これはプラザ合意Wikipedia:プラザ合意)によって急激に円高が進んだのが理由だと思うのですが、そのせいで日本製のチップが高騰してしまい、ヨーロッパで大々的に売り出そうとしていたはずのMSX2がコケてしまったことを考えると、何事もいい面とよくない面がある、ということなのでしょう*7

*1:たぶん5Mbitのこと。

*2:別売”GTERM”のことと思われる。

*3:詳細不明。

*4:データベースソフトは別売”GCARD”のことと思われる。

*5:ただし、確認したのはオーエン・W・リンツメイヤー『アップル・コンフィデンシャル』(アスキー)にて

*6:週刊アスキーキョン2といえばビクターのMSX! 元ビクター開発者インタビュー:MSX30周年』 https://weekly.ascii.jp/elem/000/002/621/2621031/

*7:この辺りの経緯は、トム佐藤『マイクロソフト戦記』(新潮社)に詳しく書かれています

MSX用増設RAMカートリッジ・MEM-768

 MSXのソフトの中では顧みられることが少ない、実用ソフト ハードをあえて紹介してみます。

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増設RAMカートリッジ MEM-768

増設RAMカートリッジ MEM-768

  • ジャンル:ハードウェア
  • メーカー:アスキー
  • 対応機種:マッパーRAM対応MSX
  • メディア:カートリッジ
  • 価格:30,000円(税抜)


目次


概要

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パッケージ外観


 MSXのメインRAMを768Kバイト増やすことができる、メモリマッパー規格に対応した増設メモリです。

増設による起動画面の変化

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MEM-768を増設していない状態

 MEM-768を接続していない状態のMSXturboR FS-A1GTの起動画面です。
 Main RAM:512Kbytesと表示されています。

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MEM-768を増設後の状態

 MEM-768を接続した状態です。
 Main RAMが768Kバイト増え、1280kbytesと表示されています。

増設によるRAMディスク容量の変化

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MEM-768を増設していない状態

 MEM-768を接続していない状態のMSXturboR FS-A1GTにて、RAMディスクを作ってみました。
 344KバイトのRAMディスクが作られました。
 メインRAMの容量(512Kバイト)との差は、

  • メインRAMとして64Kバイト
  • MSX-DOS2用として32Kバイト
  • 内蔵ROM複写用として64Kバイト

が別途確保されるからです。

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MEM-768を増設後の状態

 MEM-768を接続した状態で、RAMディスクを作ってみました。
 約768Kバイト増え、1102KバイトのRAMディスクが作られました。

増設によるコンパイル速度の変化


 せっかく作ったRAMディスクなので、フロッピードライブとMEM-768を使ったRAMディスクとで、MSX-Cのコンパイル速度を比較してみます。

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コンパイルを実行するコマンドライン

 MSX-Cのコンパイルに必要な、コンパイラやヘッダファイル等をRAMディスクに置き、コンパイルを行います。

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コンパイル

 一生懸命、コンパイルと最適化を行なっています。

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コンパイルの実行結果

 PM8:29:16にコンパイルを始め、PM8:30:46に終わりました。
 およそ90秒です。

 では、同じコンパイルを、フロッピードライブで行います。

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RAMディスクの破壊

 まず、RAMディスクを壊します。

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コンパイルの実行結果

 PM8:40:20にコンパイルを始め、PM8:43:14に終わりました。
 およそ174秒かかりました。

 単純計算で、RAMディスクの方が約2倍速いことになります。

 これを『RAMディスクの速度はフロッピーディスクの2倍』と解釈してしまうと、かなりがっかりな結果となってしまいます。
 コンパイルの高速化には、ディスクアクセスの速度だけでなくCPU速度も大きく影響します。もっとディスクアクセスの多い用途なら、RAMディスクによる高速化の恩恵はさらに大きくなると思われます。
 今回の結果は、ベンチマークのひとつとして『RAMディスクを使えばコンパイルが半分の時間で済む』と言えるでしょう。

雑誌媒体による評価

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MSX・FANによる比較記事(MSX・FAN 1991年6月号 p.23より)

 MEM-768と、SASI形式のHDDが接続できるMSX HDD Interfaceは同じ価格なので、当時高かったHDDを別途購入できる資力がある人はHDD Interfaceを、ない人はMEM-768を選んだとか、選ばなかったとか。

768Kという容量の意味

 カートリッジを分解すると、基板上にあと256Kバイト増設できるパターンが空いていて、自前でICチップを積むことで、1024キロバイトにできるようです。
 『ICの値段なんてそんなに高くないので、どうせなら最初からMEM-1024として発売してくれればよかったのに』と思いますが、それなりの事情があったようです。

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MSXマガジン 1991年7月号 p.118より

 当時のチップだと、もし1024K分のチップを積むと、使用電力がMSXのカートリッジの規格を満たさなくなってしまうようです。

 そこで、256KバイトのマッパーRAMを内蔵したμ・PACKを、MEM-768と同時に使用してみます。

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μ・PACK


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μ・PACKとMEM-768の同時使用


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μ・PACKとMEM-768を追加したA1GTのメインメモリ

 その結果、メインメモリは1536Kバイトとなりました。

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メインメモリ1536Kバイト時におけるRAMディスク容量

 この際のRAMディスク容量は1355Kバイトにも及び、フロッピーディスク2枚分の容量が見えてきます。
 もしMEM-768がMEM-1024だったら、こうなっていたはずです。

 2019年現在、MSX用の増設RAMは16メガバイトのものが、Amazonで手に入ります。

MEM-768の用途

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パッケージ外観裏面

 増設メモリは、一般的にはメインメモリ(RAMディスクやページファイル置き場としてでなく、OSやアプリケーションが直接に使用するためのメモリという意味で)を増やすために使われますが、このMEM-768は、RAMディスクとして使用することが半ば推奨されています。

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パッケージ外観裏面の記載

 768Kバイトという容量は、おおよそ2DDフロッピーの容量(有効容量730,112バイト)より少し多い程度の容量なので、RAMディスクを作成すれば、フロッピー1枚の中身をまるまる収めることができます。
 これにより、

が可能となります。
 もちろん、RAMなので電源を切ると消えてしまいます。

 当時の国民機・PC-9801では2フロッピードライブ構成が事実上の標準であり、ソフトウェアの多くも2ドライブ環境を前提として作られていました。
 ノートパソコンでは1ドライブしか内蔵されなかったため、2ドライブを要求するソフトを運用するために、メモリの一部を2番目のフロッピードライブとして扱う機能がついていました。

 MSXViewなどの肥大化するアプリケーションに対して、MSXの2DDフロッピードライブ1台という環境は、力不足であることは否めなかったでしょう。
 MEM-768は、同じくフロッピードライブを1台しか持たないPC-9801ノートと同じようなRAMディスクの運用を、MSXに提供することを想定して作られたのだと思います。

 外国には、メインRAMが128Kバイトを超えるMSXが出回っていたそうで、大容量RAMに対応したソフトも作られたとのことです。
 MEM-768はそういったソフトを動かす為にも使えるはずですが、ことにMSXturboRにおいては、CPUが高速化されたため、カートリッジスロットに存在するメモリ(つまりMEM-768)にアクセスしようとすると、(相対的に)かなり足を引っ張られてしまうことになりました。

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パッケージ外観

 パッケージに『日本語MSX-DOS2専用』と書かれたのは、メモリマッパー対応RAMであるという意味に隠してR800で巨大なメインRAMをガシガシ読み書きするようなファットなソフトを作ろうとするとがっかりするから、おとなしくRAMディスクとして使ってくださいね』と言っているのかもしれません。

Excelのご先祖様・MSX-PLAN

 MSXのソフトの中では顧みられることが少ない、実用ソフトをあえて紹介してみます。

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MSX-PLANのスプレッドシート

MSX-PLAN

  • ジャンル:ビジネス(表計算
  • メーカー:アスキー
  • メディア:ROM
  • 対応機種:MSX1(RAM16K以上)
  • 価格:9,800円(税抜)

目次

概要

 MSX-PLANは、MSX用の表計算ソフトです。
 より詳しく書くと、マイクロソフト製の表計算ソフトであるMultiplan(つまり、Excelのご先祖様)のMSX版です。

内容

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パッケージ外観

 なんと、RAM16Kで動きます。

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MSX-PLAN起動コマンド(画面は1chipMSXのものです)


 媒体はROMなのですが、MSX本体に差して本体の電源を入れても起動しません。

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MSX-PLAN起動中の画面

 BASICにて call msxplan と入力すると、起動画面が表示されます。

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MSX-PLAN起動直後

 起動が完了すると、スプレッドシートが表示されます。

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関数一覧(パッケージ裏面より)

 説明書が残っていないのですが、パッケージ裏に操作と関数一覧が載っています。
 事務屋御用達のLOOKUPなど、馴染みの深い関数もあります。

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WIDTH 80モード

 適当に使ってみました。
 MSX1にも対応していながら、設定で画面幅をWIDTH 80にすることができます。
 これくらい関数だらけにすると、入力してから1秒程度待たされます。
 設定で再計算を禁止すれば、わりと速く動きます。

 セルの指定方法は、Excelで馴染みの深いA1形式ではなく、伝統的なR1C1形式です。例えば、2行目の3列目を指定するにはR2C3、同じ列でひとつ上の行を指定するにはR[-1]Cと書きます。

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Excel 2013の設定画面


 R1C1形式は、なんと今のExcelでもサポートされています。
(画面はExcel 2013のものです)

パッケージ写真

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パッケージ外観表面
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パッケージ外観裏面


 パッケージ写真です。

 「コンピュータ計算の学習やマルチプランの入門用としても最適」という記述が「MSX-PLANは将来Multiplanを利用するための踏み台でしかない=MSX-PLANはMultiplanのサブセットである」と解釈できそうなのですが、実際のところどうなのでしょうか。

他機種版MultiplanとMSX-DOS

 Multiplanは、当時のメジャーな機種にはあらかた移植されていたようです(wikipedia:Microsoft Multiplan)が、この中には我々MSXユーザーが見逃せない事実があります。

 それは、一部機種のMultiplanには、MSX-DOSも一緒に移植され、同梱されていたという事実です。

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Oh! MZ 1986年8月号より

 MSX-DOSMSXだけのものではない。3月号で紹介されたとおりX1turbo用、さらにはMZ-2500用Multiplanのシステムの正体もまさにこのMSX-DOSなのだ。つまり、Multiplanを8ビットに移植する際、システムそのものを移植してしまった方が都合がよかったのである。


日本ソフトバンク『Oh! MZ』1986年8月号より

 この記事に先立つ『Oh! MZ』1986年3月号では、MSX-DOSについて9ページもの特集が組まれていました。

 マイクロソフトは、その草創期から、続々と発売される新機種に対して自社のアプリケーションを移植する作業を負担に感じていました。
 そこで、まずMSX-DOS用のMultiplanを作り、Z80搭載機種――具体的にはX1, MZ-2500, PC-8801への移植の際には、極力MSX-DOSの各機種向けへのカスタマイズで済ませることで、移植のコストを低減していたようです。

 他のZ80マシンのMultiplanには、その機種向けに移植されたMSX-DOSが同梱されていたというのに、MSX-DOSの総本家にはMSX-DOSで動作するMultiplanがなかった……というのはちょっとさみしい気がします。

(追記)MSX-PLANとMultiplanの関係について

 初出時、パッケージ裏面の記述等からMSX-PLANをMultiplanのサブセットと位置付けていましたが、以下のとおり確証が得られないため、サブセットであるとの記述を削除しました。

  • MSX-PLANがMultiplanの機能を満たしていないかどうかが不明
  • MSX-PLAN」という名称がMultiplanのサブセットであることを示しているとはいえない。単に当時のアスキーの製品群に名称を合わせただけかもしれない。
  • MSX-DOS版MultiplanをMSX向けにチューンナップした(MSX-DOS上で動くことによるオーバーヘッドを取り除いた)結果、MSX-DOS版より高速かつMSX-DOSを必要としないROMカートリッジ版が完成してしまった…のかもしれない。